主婦歴18年、ママ歴15年のbonです。
自分で選んで専業主婦ママになったはずなのに、「あーーー、今日は何もしたくない」波が定期的にやってくるんです(^-^;)
部屋をキレイに掃除して、おいしいご飯を作らなきゃと思ってる、子どもの相手もしてあげたい、わかってるのに体が動かない…。
熱があるわけでも、けがをしているわけでもない。
なのに「何もしたくない」と思ってしまう自分に、罪悪感を感じてしまっていました。
今回は、私がどうして「何もしたくない」と感じていたのか、その正体について書いてみます。
「何もしたくない…」主婦が疲れて動けなくなる本当の理由。
長年、疲労が蓄積されてきたから

長期間の疲労の蓄積、1番の理由はこれなんじゃないかなと思っています。
主婦の疲労感は1日2日のことじゃありません。
昨日ちょっと頑張ったから疲れた、というよりも、気づかないうちに少しずつ積み重なってきた疲れ。
子どもが生まれてから、生活リズムが変わり、自分中心だった時間は家族中心へ。
夜間の授乳や夜泣き対応、早朝のお弁当づくり、休みの日ほど忙しくなる週末。
「今だけ」と思って頑張っていたことが、気付けば何年も続いていたりします。
その間、完全に休めた日はどれくらいあったのかな…。
体は動いていても、心の電池は少しずつ減り続けていて、ある日ふと「もう何もしたくない」と感じる瞬間がやってくるんじゃないかと思っています。
やることが多すぎて「脳」が止まってしまった

家事・育児・段取り・気配り、専業主婦ママは常に考え続けている状態です。
「昨日はお肉料理だったから、今日は魚にしよう」
「旬の食材も使いたいな」
「買い物の予算は○○円!」
「メインはこってりだから、副菜は酸っぱい系と甘い系にしよう」
「上の子は○○が苦手で、下の子は○○が苦手で…」
たった1食の献立を考えるのも、栄養バランス、予算、家族の好みを取り入れるとどんどんややこしくなってくるんですよね。
そしてこれは、食事作りだけではありません。
家族のスケジュール管理、学校の提出物や宿題チェック、塾や習い事の送迎、家のストック管理、家計の管理、子どもの通院、季節の行事、義両親や親戚とのお付き合い、”わたしの人生これでいいのかな問題”…。
頭の中では、いつも小さなタスクが同時進行しています。
1つ1つは小さいことだけど、止めてしまうと生活が回らなくなる“見えない仕事”。
気づかないうちに、脳はずっとフル稼働のまま。
「次なにするんだっけ…」と考えるだけで疲れる日もありました(^-^;)
終わりがない生活が、エネルギーを奪う

家事は毎日リセットされ続け、終わりがありません。
ご飯を作っても、また次のご飯。
掃除しても、また散らかる。
1人暮らしなら2~3日洗濯物をためても大丈夫なのに、家族分なら1日ためるだけでもあとで大変なことに…!
達成感が積み上がらない上に、気づけばまた“最初から”の繰り返し。
ゴールが見えない生活は、思っている以上に心のエネルギーを消耗します。
「また最初から…」
「また明日も同じことの繰り返し」
そんな感覚が続くうちに、知らない間に気力まで削られていったのだと思います。
「休んでいい理由」が見つからなかった

毎日なんだか疲れている。
元気いっぱいではないけれど、倒れるほどでもない。
だからこそ、「休む理由」が見つかりませんでした。
熱があるわけでもない。ケガをしているわけでもない。
目に見える不調がないと、休んではいけないような気がしていたんです。
本当はしんどいのに、体は重いのに、
「これくらいで休むなんて甘えかも」
「みんな頑張っているのに」
そんなふうに、自分の声を聞かないふりをしていました。
でも今思えば、理由を言葉にできなくても、「しんどい」と感じている時点で、もう十分休んでいいサインだったんです。
心が先に電池切れ。

そんな生活を続けているうちに、「何もしたくない…」という波がやってきました。
部屋をキレイに掃除して、おいしいご飯を作らなきゃと思ってる、子どもの相手もしてあげたい、わかってるのに体が動かない…。
体が重くて、楽しかったことも面倒になり、全てが億劫になる。
最初は「怠けているだけなのかな…」と思っていました。
でも今振り返ると、そうではありませんでした。
体が疲れるより先に、心のエネルギーが空っぽになっていたんです。
毎日、小さな「やらなきゃ」を積み重ね続けて、自分の気持ちは後回し。
休むタイミングもわからないまま走り続けていた結果、心の電池が静かに切れてしまっていたんです。
動けないのは、怠けているからでも甘えているからでもなく、「もう十分がんばってきたよ」という心からのサインだったのだと思います。
「何もしたくない」は心からのサインだった

以前は「何もしたくない」波がくると、戸惑って自分をふるいたたせようと色々あがいていたのですが…(^-^;)
「何もしたくない」は、限界の前に出るブレーキなんですよね。
車にもブレーキがあるように、人の心にも「これ以上は無理だよ」と知らせる仕組みがある。
それが、やる気が出ない日や、動けなくなる感覚だったのかもしれません。
以前の私は、そのサインを無視してアクセルを踏み続けていました。
だから余計に疲れてしまっていたんですよね。
「何もしたくない」と感じた日は、がんばりが足りない日ではなく、ここまでがんばってきた証拠の日。
そう考えられるようになってから、自分を責める時間が少しずつ減っていきました。
今振り返ってみると、休むことは止まることではなく、また動き出すための準備だったんだと、ようやく気づけた気がします。
私の場合、回復のきっかけになったこと

「何もしたくない」と感じた日は、がんばりが足りない日ではなく、ここまでがんばってきた証拠の日。
そう思えるようになってから、少しだけ気持ちが楽になりました。
1番最初にしたことは、「休むことに罪悪感を感じない」こと。
それまでは、休んでいる時間さえどこか落ち着かず、「何かしなきゃ」と心を急かしていました。
でも、思い切って「何もしない時間」を自分に許してみたんです。
そんな自分を認められるようになると、不思議なくらい気持ちに余白が戻ってきました。
ほんの短い時間でも一人でぼーっとする時間を持ったり、お昼寝をしてみたり、一人でおでかけしてみたり(家の用事じゃないやつ!)。
小さな変化でしたが、「一人の時間」を意識することで、少しずつ自分のペースを思い出していったように感じています。
さいごに
ここまで読んでくださって、ありがとうございました。
「何もしたくないなぁ…」って思う日、きっと誰にでもありますよね。
以前の私は、そんな自分に「主婦なのに」「ずっと家にいるのに」「怠けてる」ってダメ出しばかりしていました。
でも今は、「あ、ちょっと電池が減ってるんだな」「一人になろう!」くらいに思えるようになりました(#^.^#)ノ
今回、こうして疲れを言語化してみてわかったのですが、毎日生活を回しているだけでも実はけっこうエネルギーを使っているんですもの!
だから、やる気が出ない日があっても大丈夫。
そんな日は、少しペースをゆるめる日なのかもしれません。
この記事が、「今日はちょっと休憩してもいいかも」と思えるきっかけになったら嬉しいです。

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